| 県名 |
名称・建築年・型式・文化財 |
概 要 |
備 考 |
青森県 |
・岩木山神社 ・寛永5年(1628) ・五間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
岩木山神社は信仰の山として知られる岩木山を御神体とする神社で津軽国一宮とされます。江戸時代に入ると、歴代弘前藩の藩主津軽家から崇敬庇護され、社領の寄進や社殿の造営が行われました。 |
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青森県 |
・長勝寺 ・寛永6年(1629) ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
長勝寺は享禄元年に大浦盛信が父親で津軽家の祖とされる大浦光信の菩提を弔う為に居城である種里城の場内に創建したとされます。江戸時代は津軽家の菩提寺の1つとして庇護され寺運も隆盛しました。
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秋田県 |
・天徳寺 ・宝永6年(1709) ・三間一戸、入母屋、こけら葺 ・国指定重要文化財 |
天徳寺は寛正3年に佐竹義人によって創建された寺院で、当初は常陸国にありましたが、佐竹氏が本拠を水戸城に移すと水戸に移り、秋田に移封になると秋田に移され、佐竹氏歴代の菩提寺となりました。
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秋田県 |
山形県 |
・笹野観音堂 ・江戸時代 ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・− |
笹野観音堂は米沢街道からの米沢城の防衛線として米沢藩上杉家から篤く帰依されました。現在の笹野観音堂は米沢藩上杉家の尽力により造営されたもので米沢市指定文化財に指定されています。
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宮城県 |
・仙台東照宮 ・承応3年(1654) ・三間一戸、入母屋、銅瓦葺 ・国指定重要文化財 |
仙台東照宮は承応3年に仙台藩2代藩主伊達忠宗により創建された神社です。当時、幕府への考慮から自領で東照宮(徳川家康)を祀る風潮があり、仙台藩でも倣って荘厳な社殿が造営されました。
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宮城県 |
・塩釜神社 ・元禄11年(1698) ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
塩釜神社は当地域に製塩の技術を伝えた塩土老翁神を偲んで創建された古社で、陸奥国府の祭祀を司った陸奥国一宮とされます。江戸時代には仙台藩主伊達家の崇敬社となり過大な庇護を受けました。
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福島県 |
・飯野八幡宮 ・万治元年(1658) ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
飯野八幡宮は源頼義が創建したとも、源頼朝が創建したとも云われる古社で、岩城五郡の総鎮守として広く信仰されました。中世は飯野氏、戦国時代には岩城氏、江戸時代には磐木平藩主から庇護されました。
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栃木県 |
・日光東照宮 ・寛永12年(1635) ・三間一戸、入母屋、銅瓦葺 ・国宝 |
日光東照宮は江戸幕府初代将軍徳川家康を祭る神社です。江戸時代初期当時の最高技術を持って造営された社殿群は壮麗で、多くが国宝、国指定重要文化財に指定され、境内一帯は世界遺産に登録されています。 |
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栃木県 |
・滝尾神社 ・元禄10年(1697) ・三間一戸、入母屋、銅瓦葺 ・国指定重要文化財 |
滝尾神社は弘仁11年に空海により勧請された古社です。古くから神仏習合し本地仏として阿弥陀如来を祭っていましたが、明治時代の神仏分離令により仏式が廃され「滝尾神社」に社号を改めています。
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栃木県 |
・大猷院 ・承応2年(1653) ・三間一戸、入母屋、銅瓦葺 ・国指定重要文化財 |
大猷院は江戸幕府3代将軍徳川家光の霊廟です。家康からの遠慮から日光東照宮と比べるとやや簡素な造りになっています。神仏分離令後は寺院(輪王寺)の一部に組み込まれています。 |
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栃木県 |
・木幡神社 ・室町時代中期 ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
木幡神社は延暦年間に坂上田村麻呂が創建した神社です。藤原秀郷が平将門の乱の際、戦勝祈願を行い社領1千石を寄進。中世は領主である塩谷氏が庇護し、近世は日光東照宮と近い存在でした。
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栃木県 |
・那須神社 ・寛永19年(1642) ・三間一戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
那須神社は仁徳年間、下野国造奈良別名により創建、坂上田村麿や源義家が戦勝祈願を行っています。中世は那須家が篤く信仰し、江戸時代はその一族で黒羽藩主である大関家が庇護しています。
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栃木県 |
・専修寺 ・元禄年間(1688〜1703) ・一間一戸、入母屋、桟瓦葺 ・国指定重要文化財 |
高田山専修寺は嘉禄元年に親鸞によって創建され一光三尊仏が本尊として安置されました。親鸞は専修寺を拠点にして7年間の間、関東北部の布教活動を行い多くの信者を獲得しています。
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山梨県 |
・甲斐善光寺 ・明和4年(1767) ・五間三戸、入母屋、銅板葺 ・国指定重要文化財 |
甲斐善光寺は永禄元年に武田信玄が創建した寺院で、長野善光寺から本尊を移したとも云われています。天正10年に武田家が滅ぶと本尊は織田家に渡りましたが、当寺は徳川家康により再建されました。
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山梨県 |
・慈眼寺 ・江戸時代初期 ・一間一戸、入母屋、茅葺 ・国指定重要文化財 |
慈眼寺は文明年間に宥日が中興開山した寺院で、戦国時代には武田家の祈願所として庇護され甲州国檀林七ヶ寺の筆頭として寺運が隆盛しました。天正10年に武田家が滅ぶと徳川家に再興されています。
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群馬県 |
・榛名神社 ・弘化4年(1847) ・三間一戸・入母屋・銅瓦棒葺 ・国指定重要文化財 |
榛名神社は用明天皇元年に創建された古社で、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されています。歴代領主から崇敬庇護され、江戸時代には上野寛永寺に属しました。
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群馬県 |
・貫前神社 ・寛永12年(1635) ・四脚楼門・入母屋・檜皮葦 ・国指定重要文化財 |
貫前神社は安閑天皇元年に物部姓磯部氏が創建した神社で、古くから格式が高く延喜式神名帳では名神大社として記載され、上野国十二社筆頭の上野国一宮として国事の祭祀を司りました。
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群馬県 |
・玉村八幡宮 ・慶応元年(1865) ・三間一戸、入母屋、瓦葺き ・国指定重要文化財 |
玉村八幡宮は建久6年に源頼朝より創建された神社です。足利満兼や白井長尾氏などが庇護し慶長15年に現在地に遷座しています。江戸時代に入ると前橋藩主酒井家より庇護され、朱印地30石を賜っています。
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長野県 |
・長野善光寺 ・寛延3年(1750) ・五間三戸、入母屋、とち葺 ・国指定重要文化財 |
善光寺は7世紀に本田善光が本尊「善光寺式阿弥陀三尊」を得て祀ったのが始まりとされる古寺で、信仰が篤く、戦国時代には名立たる大名が所有を求め流転の歴史があります。本堂は国宝に指定されています。
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富山県 |
・瑞龍寺 ・文政3年(1820) ・三間一戸、入母屋、こけら葺 ・国宝 |
瑞龍寺は加賀藩初代藩主前田利長の菩提寺で、寺号は利長の戒名「瑞龍院殿聖山英賢大居士」に因んでいます。現在の堂宇は利長五十回忌と延享3年の火災後に再建したもので、仏殿、法堂、山門は国宝。
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石川県 |
・尾山神社 ・明治8年(1875) ・三間三戸、宝形、三層、洋風 ・国指定重要文化財 |
尾山神社は加賀藩の藩祖前田利家を祀る神社で、利家死後に創建された卯辰八幡宮の後継です。神社山門は当時の洋風建築の要素や技術を用いれた、他では例を見ない建物で国指定重要文化財に指定。
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石川県 |
・妙成寺 ・寛永2年(1625) ・三間三戸、入母屋、桟瓦葺 ・国指定重要文化財 |
妙成寺は永仁2年(1294)、日乗上人によって創建された寺院です。戦国時代に前田家が領主になって以降、祈願所として篤く帰依され、特に加賀藩2代藩主前田利常の生母寿福院が庇護しています。
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静岡県 |
・静岡浅間神社 ・文化13年(1816) ・三間一戸、本瓦形銅板葺 ・国指定重要文化財 |
静岡浅間神社は当地に鎮座する格式の高い浅間神社と神部神社、大歳御祖神社が合わさった神社です。歴代領主から庇護され繁栄し、江戸時代には徳川将軍家により壮麗な社殿が造営されています。
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静岡県 |
・久能山東照宮 ・元和3年(1617) ・三間一戸、入母屋、銅瓦葺 ・国指定重要文化財 |
徳川家康の遺言通りだとすると久能山東照宮の境内に家康の遺骸が埋葬されています。歴代徳川将軍家の庇護により日光東照宮と共に重要視されました。本殿、拝殿、石ノ間が国宝に指定されています。
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愛知県 |
・伊賀八幡宮 ・寛永13年(1636) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
伊賀八幡宮は平安時代末期に伊賀国に創建された神社で、室町時代に松平親忠が当地に遷座し氏神として信仰しました。その後は松平家、徳川家の崇敬社として庇護され岡崎藩主が代参しています。
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愛知県 |
・六所神社 ・貞享5年(1688) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
六所神社は塩釜神社(宮城県塩釜市)の祭神の分霊を勧請して創建された神社で、中世は長く当地を支配した松平家から庇護されました。江戸時代には徳川将軍家から庇護され社殿が造営されています。 |
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愛知県 |
・滝山寺 ・文永4年(1267) ・三間一戸、入母屋、こけら葺 ・国指定重要文化財 |
滝山寺は朱鳥元年(686)、天武天皇の勅願で役行者によって創建されたと伝わる古寺です。江戸時代に入ると徳川将軍家から庇護され、境内には滝山東照宮が創建され寺領200石が安堵されています。 |
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愛知県 |
・津島神社 ・天正19年(1591) ・三間一戸、入母屋、桧皮葺 ・国指定重要文化財 |
津島神社は全国に広がる津島信仰の本社で古くから篤く信仰されてきました。特に長く尾張国を支配した織田家が崇敬庇護し大きく繁栄しました。その後も豊臣家、尾張徳川家により社殿が造営されています。 |
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愛知県 |
・尾張大国霊神社 ・室町時代初期 ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
尾張大国霊神社は尾張国の総社とされ往時は国府宮とも呼ばれました。国府宮三社、尾張五社に数えられるなど格式も高く織田信長や豊臣秀吉、尾張徳川家が社殿の造営や社領の寄進を行いました。 |
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愛知県 |
・甚目寺 ・建久7年(1196) ・三間一戸、入母屋、こけら葺 ・国指定重要文化財 |
甚目寺は推古天皇5年(597)に創建された古寺で、天武天皇の勅願により境内が整備されています。最盛期には5百余坊、3千人の修行僧を擁する大寺院に発展し、歴代領主からも帰依されました。尾張四観音寺。 |
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岐阜県 |
・円鏡寺 ・永仁4年(1296) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
円鏡寺は弘仁2年に嵯峨天皇の勅願で弘法大師空海により創建された寺院です。美濃三弘法の1つとして信仰され最盛期には寺領800石が安堵され、歴代領主から帰依されました。西美濃三十三霊場第三札所。
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滋賀県 |
・日吉大社西本宮 ・天正14年(1586) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
日吉大社西本宮は天智天皇6年(667)に近江京(滋賀県大津市)に遷都された翌年、近江京を霊的に守護する為に大神神社(奈良県桜井市三輪)の祭神が勧請されたのが始まりとされます。
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滋賀県 |
・日吉大社東本宮 ・天正から文禄2年 ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
日吉大社東本宮は何時頃から祀られていたのかは判りませんが、日枝山(比叡山)に祀られていた地元神(大山咋神)とされ、その後、牛尾山(八王子山)に遷座し崇神天皇7年に現在地に遷座しています。
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滋賀県 |
・小田神社 ・室町時代前期 ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
境内地は垂仁天皇の御代(紀元前29〜70年)に倭姫尊が伊勢神宮(三重県伊勢市)へ捧げる稲を育てる為に住民に農業を教えた所とされ、その威徳を偲び祠を設けて小田神社が創建されました。
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滋賀県 |
・苗村神社 ・応永年間(1394〜1428年) ・三間一戸、入母屋、茅葺 ・国指定重要文化財 |
苗村神社が何時頃から祀られているのかは判りませんが、境内周辺には数多くの古墳が存在している事から、古墳に埋葬された一族(豪族)の祖神が祀られたとも考えられます。本殿は国宝に指定されています。
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滋賀県 |
・油日神社 ・永禄9年(1566) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
油日神社には、境内背後の油日岳に祭神が降臨した時に強烈な光を放ったとの伝説が残されています。格式が高く甲賀地域随一の名社として、中世当地を支配した甲賀武士53家から篤く帰依されました。
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滋賀県 |
・御上神社 ・康安5年(1365)? ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
御上神社は孝霊天皇6年に三上山の山頂に天之御影神が降臨した故事に因み、孫神により創建された古社です。往時は三上山を御神体として山頂に社殿が造営されました。本殿は国宝に指定されています。
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滋賀県 |
・大野神社 ・鎌倉時代初期 ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財
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大野神社は天徳3年(959)に創建されたと伝わる古社で、狛坂寺との関係が深っかた事から元々は狛坂神と呼ばれていたとの説があります。平安時代に菅原道真が参拝した故事から、道真が祀られています。
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京都府 |
・光明寺 ・宝治2年(1248) ・入母屋、栩葺、二重楼門 ・国宝 |
光明寺は推古天皇7年、聖徳太子によって創建されたと伝わる寺院で、その後、役行者が修業道場として整備発展しました。丹羽氏や藤懸氏など歴代領主の帰依により随時境内が整備され寺運も隆盛しました。
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島根県 |
・出雲大社 ・寛文7年(1667) ・三間一戸、入母屋、檜皮葺 ・国指定重要文化財 |
出雲大社は出雲神話の舞台の1つで、大国主神が国譲りの際に、天にも届く程の壮麗な宮殿の造営が条件だったとされます。その後は出雲国一宮として為政者や歴代領主から庇護されました。本殿は国宝に指定。
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島根県 |
・日御碕神社 ・寛永20年(1643) ・三間一戸、入母屋、こけら葺 ・国指定重要文化財 |
日御碕神社の下宮は伊勢神宮と対を成す関係で日沈宮との別称があります。日御碕神社の上宮は素盞嗚尊が自ら祭られる霊地を探し出しそこに創建された神社です。延喜式神名帳に記載された式内社。
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島根県 |
・鷲原八幡宮 ・永禄11年(1568) ・一間一戸、入母屋、茅葺 ・国指定重要文化財 |
鷲原八幡宮は天暦年間に宇佐八幡宮の祭神の分霊を勧請した古社です。その後、長く当地を支配した吉見氏の崇敬社として崇敬庇護され鶴岡八幡宮からも分霊が勧請されました。津和野城の鎮守社。
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